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2008.04/06(Sun)

チェレステ vol.1

春からの高校進学にあわせ、自転車を新しく買い替えようと
僕は両親と大型の自転車販売店へ出かけた。

店内は吹き抜けのある二階建てでかなり広々としている。
入り口正面の一番目立つ場所に『春のフレッシュマンフェアー』と書かれたボードが壁に掲げてあり、その手前にズラッと色とりどりの自転車が並べてある。
その中に、店長イチ押しという人さし指をたてたデザインのポップが付いている自転車があった。
きっと、混雑した自転車置き場に停めたら、再び見つけるのはかなり困難だろうと思える、何の特徴もない自転車だった。けど、自転車なんて何でもいいんだからこれでいいやと思い、
両親を探すとなぜか二人は電動アシスト自転車のコーナーを熱心に見ていた。

まあ、せっかく来たんだからと店内を見て回ったが、
一階にあるのはママチャリと子供用自転車ばかりで5分と時間がつぶせなかった。
両親はまだアシスト自転車に夢中だ。
しかたなく二階へ上がると、そこは間接照明で明るさを抑えてあり雰囲気が違った。

そこに置いてある台数は少なくて、それぞれ充分なスペースをとって展示してある。
ほとんどが10万円以上するものばかりで、なかには100万円を超えるものもあって、
笑えた。

その中の一台に目がとまった、形はよくあるドロップハンドルのロードバイク。
ここに並んである自転車の半分以上がこの形だ。
僕が惹かれたのは形ではなく、色。
それはくすんだような薄い緑色。
その初めて見る不思議な色に吸い込まれるように自転車に引き寄せられた。
フレームには
『Bianchi』
と、書いてある。

「ビアンチ?」
「ビアンキ!」
クイ気味で背後から訂正された。

振り向くと、ここの店名『リンダリンダ』のロゴが胸にプリントされた
エプロンを着たお姉さんが立っていた。

「ビアンキって読むの、イタリアの老舗ブランドよ」

「ビアンキ、イタリアの」

「どう?キレイな色でしょ。これはねチェレステって言う色で、
 イタリア語で青い空って意味。まっ、空色ってことね。
 このブランドのシンボルカラーなの」

「キレイですけど、空色って感じしないですよね。淡い緑色にしか見えない」

「そう、アタシもそう思う。でもね、ホントかどうかわかんないけど、 毎年イタリアの職人がミラノの空    を見てこの色を調合してるって、だから毎年微妙に色が違うんだって話を聞いたことがある。それがホントなら、実はイタリアの青空ってこんな色なのかも。まっ、行ったことないから分かんないけど」

僕はこのイタリアの空に無性に惹かれた。
しかし、店長イチ押しが五台は余裕で買える値段が付いていた。

「君は高校生?」

「はい、この春からですけど」

「どこの高校?」僕は四月から通う高校の名前を答えた。

「じゃあ、ギア付きのほうがいいね」

「え、なんでですか?」

「だって校門の前に坂道あるでしょ」

「あっ」
そうだった。

「あの坂ね、のぼり始めはゆるやかなんだけど後半角度がキツいんだよね。
 しかもやたら長いし」

「そうなんですか」

「そういえば、さっきの女の子もキミと同じ学校だよ。えっとね・・」
そう言いながら一階を見下ろせる場所へ移動するお姉さんの後をついていく。

「ほら、あの子。今、レジカウンターの横にいる女の子」

カウンターの横にちょっとクラシックな感じがする赤い自転車があり、
その横に女の子が立っていて、しゃがんで作業するツナギを着たスタッフとなにやら話している。

女の子は少し下を向いていて、
茶色がかった長い髪が頬にかかり顔がよく見えない。

ジッと見ていると、彼女がふいに顔を上げた。
小さな顔の大きな目が僕を見た。

目と目が合った。

息が止まった。

僕は視線を外せなかった。

しかし、彼女はあっさりと隣に立つお姉さんに視線を移して、
笑顔で手を振った。

お姉さんが彼女に手を振り返しながら僕の耳元でささやく。

「あの子ね、春からキミと同じ高校の、同じ一年生。
 さらに、あの赤い自転車は、今キミが見てたのと同じ、ビアンキのもの」

僕は、まだ息が止まったまま彼女を見ている。
黙ってお姉さんの言葉にコクリとうなずく。

「たぶん他にいないと思うよ、あの学校でビアンキに乗ってる子は」

彼女は自転車を押して出口まで行くと立ち止まり、
ツナギのスタッフの人にお辞儀をして、それから再びこちらを見上げて、
もう一度、笑顔で手を振った。

お姉さんが手を上げて応える。
彼女が新しい自転車にまたがり走りだすと、すぐに見えなくなった。

「ま、たしかにちょっと高いよねぇ」

ようやく呼吸を取り戻した僕は、再びイチ押し自転車五台分の値札をみた。

「でも、これに乗ればお近づきになれると思うけどなあ、きっと」

僕は一階の両親のとこへ飛び、ビアンキという伝統あるイタリアの老舗ブランドがいかに素晴らしいか、その自転車がいかに優れているのかを、
想像力だけで1時間熱く語り、さらに半年間小遣いナシで構わないという捨て身の条件を提示して、なんとか両親の説得に成功した。

母さんは「フミオがこんなに一所懸命な姿は初めて見たわ」と、涙ぐんでいた。
母さんは昔から大袈裟なところがある。

その様子を二階から見ていたお姉さんが、深くうなづきながら僕に向かって親指を立てた。


・・・つづく
                       作:ナカガワマサヒト
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17:29  |  チェレステ  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

だんだんと作品が増えてきたね。
すごい!!
まつ | 2008.04.10(木) 18:40 | URL | コメント編集

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