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2008.06/20(Fri)

チェレステ vol.6

翌日から、四ノ宮さくらを一目見ようと、
休み時間のたびに学年男女を問わず多くの生徒がA組の前に群がり、
押すな押すなの大騒ぎとなった。
そんななか、ある二年生の「アフロが邪魔で見えねぇ!」の一言がキッカケで、
立派なアフロヘアーの先輩率いる三年生グループと、
多くのギャラリーの手前退くに退けない二年生男子数人による乱闘が勃発し、
アフロ先輩を含む数名の停学者が出るという事件が起きた。
それによりA組の窓には、
『立ち止まらないで下さい』
という動物園の人気者の檻のような張り紙が貼られた。

しかし、そんなお願いも虚しくA組前は連日多くの生徒で賑わった。
おかげで人込みが苦手な僕は、
入学式以来彼女の姿を見る事さえ出来ていない。

ビアンキに乗ってても、ちっとも彼女とお近づきになれないじゃないか、と。
心の中で酒井先輩に八つ当たりし、やり切れなさをもてあましていた昼休み。

「なあフミオ、知ってるか?」
いきなり目の前にドカッと座ってきたのはクラスメイトのヨシヤスだった。

「なにを?」つい不機嫌なまま応えた。

「おっと、なんだ何かあった?オレに話してみ」
コイツは高校に入ってから出来た最初の友達。
初対面からいきなり下の名前で呼んでくる馴れ馴れしい奴、
ニコニコと笑顔で人の心に土足で入ってこようとする奴。
しかし、その笑顔がなかなかキュートで憎めない奴。

「別に何もないよ。で?」

「四ノ宮さくらニュース」

今、彼女のことなら何だってニュースになる。
昨日コイツが持ってきたニュースは、
彼女が『昼食に食堂のワカメうどん食べていた。しかも七味を三回振って食べていた』だった。

「今日は何?」今度はわざと憮然として訊いた。

「実は彼女、テニスが凄いんだってよ」

「テニスが凄い?」

「そう、中学の頃に海外の大会で優勝したりしてたってよ」

「マジで?」

「その世界じゃかなり有名でテニス雑誌にもちょくちょく載ってたらしい」

「ここのテニス部って強かったっけ?」

「いやいやたいしたことない全然フツー、普通に弱いよ。
 だからテニス部の奴らもまさかとは思ったらしいけど、
 顔も名前もおんなじだから本人に確認してみたら本物でビックリ。
 でも、彼女テニスやめちゃってるんだけどね」

「なんで?ケガ?」

「いやそれが去年の夏に理由も言わずに突然辞めて。
 その時、結構騒ぎになったらしいけど本人はノーコメント貫いて。
 で、今も真相は謎のままなんだってよ」

その日の夜、ネットの中に彼女を探した。
すると、今にも飛びかからんとする俊敏なネコ科の動物のように低い態勢でラケットを構える彼女を見つけた。
それはスポーツのニュースサイトの古い記事に添えられた小さな写真だった。
今と違い、髪はショートでよく日に焼けていた。
写真の彼女は今より少し幼く見えた。
けれど、鋭い眼差しで相手選手を見据える横顔は、
やっぱり美しかった。


    『将来有望な女子テニスプレイヤーが謎の引退』

◎先日、日本女子テニス界のジュニアクラスでトッププレイヤーの一人
 であった、四ノ宮さくらさん(15)が突如引退した。

 彼女は、国内のジュニアはもちろん国際大会でも何度も優勝し、
 将来は世界のトッププレイヤーしての活躍を非常に有望視されていた選手だった。
 さらに、その実力だけでなく、ルックスにも非常に恵まれていて。
 将来、女子テニス界だけでなく、日本スポーツ界の顔になると期待して
 いた関係者も多く。
 すでに、プロスポーツのスター選手を何人も抱えるマネジメント会社が
 契約に動いているというウワサもあった。

 結果的に最後となった大会で見事に優勝した彼女は、
 試合直後のインタビューで、
 「今日でテニスを辞めます」と、突如引退宣言をした。
 あまりの予期せぬ事態に騒然とする我々記者たちを残し、
 足早にロッカールームへ消えていき、
 そのままテニス界から彼女は去って行ってしまった。

 コーチや関係者によると、大会の数日前に彼女から
 この大会を最後にテニスを辞めると申し出があり。
 理由を聞いても一切話さず、周囲の熱心な引き止めにも
 彼女の意志は変わらなかった。
 怪我や病気が原因ではないそうで、
 周囲の過度なプレッシャーによる精神的な問題なのではとの見方もあるが。
 それも単なる憶測に過ぎず。
 結局、本当のところは誰にも分からない。

 ただ一つ確かな事は、類い稀な才能を持つ若きテニスプレイヤーが一人、
 この世界から居なくなってしまったということ。
 その損失を少なくともこれから10年、我々は悔やむことになるかもしれない。


記事の最後には、頭からタオルをかぶってロッカールームへと向かう、
彼女の後ろ姿の写真があった。

・・・つづく
                        作:ナカガワマサヒト
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